決めつけられても困るよね

勝手にイメージを作り上げて、その偶像からはみ出すようなことをしていると勝手に絶望したり、「〇〇って、そんな人だったんだ…?」って咎めるのは、如何なものだろう?

若い子、高校生くらいまでなら「恋」による目くらましでそういうこともあり得るかもしれないけれど、結構な年齢になってもまだそんなことを言っているひとがいる。

頑なに自分の理想を崩さずに、そこに当てはまる人を探して探して、時間ばかりが過ぎている、みたいな感じ。

勝手に一人で盛り上がって、周囲から愛想をつかされることも多いのに、その頑なさは増していくばかりで”候補”はどんどん減っていくわけです。

自分の年齢は上がっていき、見えてくる対象者との年齢差は増すばかりなのに、どうしてそれが拙いかということには目をつぶって、また勝手に決めつけて、一人で空回りして、絶望して、相手に呆れられて終わる…そんな人を身近に見ていると「恋愛」って何だろうなー…と言う気持ちになってくる。

相手にだって、もちろん理想はあるでしょう。

ありのままの自分をすべて受け入れてくれる、自分が思い描く理想のひと、なんていうのは幻想にしかすぎないのだということを、理解できない人は確実にいるんだな、と驚いている。

努力して自分を磨くこと。

そして周囲に対して柔軟性を持って接していくこと。

この二つができれば、恋愛の扉は案外開いて次の道がみつかるんだと思うんだけどな。

その人が好きなのか。

その人の条件が好きなのか。

ものの見方はいろいろあるけれど、頑なであって良いことは一つもないと思う。

年齢をある程度重ねるとそういう風に見えてくるんだけど。

簡単なようでいて、やっぱり人間相手の関係性の構築って言うのは、難しいね。ここで新しく始める⇒京都府で再婚相手を見つけたい子連れシンママは必見です!(http://hongkongoilpainting.org/kyoutofu/